欲望と正義の戦い

体に悪いとわかっててもつい食べたくなる物ってありますよね。前にどっかのテレビで言ってたのがポテトチップスはあまり良くないらしい。油を食べてるような物で、ジャガイモのでんぷん質が歯にこびりつき虫歯になりやすくなるんだとか。カップ麺もあまり良くないと聞きました。あとは炭酸飲料とか。でもでも、たのしいテレビ番組を見ているとポテチと炭酸が恋しくなるのは私だけでしょうか?深夜読書にどっぷりはまってお腹が空いて、作るのめんどくさいからカップ麺にてがでちゃうのも私だけでしょうか?簡単なだけじゃなくおいしいから手が出るんです。おいしくなかったら問題外です。チョコや生クリームも砂糖取りすぎ、脂肪分多すぎでにきびできたり体重増えたり、それでもおいしいからついつい手が伸びてしまうんです。これはある意味戦いですよ!体にいいとわかってても食べたくないものもあるし、良くないとわかっていながらも食べてしまう。これはある意味ジレンマです(笑)。でも、食べ過ぎなければいいかなと思って、考えもって食べるようになりました。結局食べ過ぎるから良くないんですよね。ポテチを一袋食べあげた後にチェックするカロリーは顔を真っ青にします。なので、健康にはあまり良くないけど食べたい物、健康にはいいけど食べたくない物(食べた方がいい物)のバランスを考えて食べてます。

懐かしい学生時代を振り返って

なんとなく、卒業アルバムを開いてみました。いつもは本棚の奥とか、引き出しの中の奥の方に隠れているような存在で、普段見ないし重くてけっこうかさばるんだけど、時々こうやって開いて見てみると、昔の楽しかった思い出や辛かった記憶、親友と喧嘩して泣いて眠れぬ夜を過ごした事、テスト前に徹夜したことや、クラスの皆と楽しい時間を過ごした事が思い出されます。遠い日の想い出のようで、とてもすぐ近くにある記憶な気もします。仲の良かったあの子は今どうしているんだろう、やんちゃだったあの子は何をしているんだろう、皆それぞれの道を歩んでいき引っ越したり結婚したり、転勤だったりで昔のようにはいきません。それでもなんだか記憶と想い出でつながれていて、連絡して無くても、皆幸せであって欲しいと思います。生きていれば楽しい事もあるしつらい事もあるだろうけど、今を振り返って、おじいさんおばあさんになった時に幸せな時間を過ごしてきたと思えていたらいいなと思います。同窓会って、あるようでなかなかないし、あっても会いたかった子がこれないとか自分の都合が合わないこともあります。それでもまた、懐かしい学生時代の友人達みんなと会えるといいなと思っています。

色々な本

先日、街のコーヒー屋さんで本を読んでいたところ、ふと顔を挙げると、周りが随分混んでいました。
私も本を読んでいたのですが、なんと周りの人も8割程の人が本を読んでいたので、とても驚きました。
こっそりと、あまり首を動かさないようにして、目だけを動かして周りを観察してみたのですが、みんな実に色々な本を読んでいます。
ビジネスマンは、「◯◯歳までにして置きたい事」という類いの本や、「商談を上手く行かせる法則」など、喋り方を磨くような本を読んでいる人が多かったように思います。
一方、明らかに事務員さん、というような女性は、やはり現代小説を読んでいる事が多かったです。よしもとばななさんの本や、山本文緒さんの本、中村由佳さんの本、江國香織さんの本など、「女性の恋愛小説といえばこの人!」という感じの作家さんの名前を多くみました。
一人だけ、小学生が「おしごとのいろいろ」と言う本を読んでいて、小学生でお休みの日に、こんなところで「しごと」について学んでいるなんてすごいな、と思いましたが、しみじみと「色々な本を読んでいるなぁ」なんて思いました。そうゆう私が読んでいた本は、やはり東野圭吾さんのミステリーだった訳ですが。
休日にゆっくり、自分の好きな世界に浸るって素敵ですね。

最近の友達と私の趣味

友人と私は、最近とあるものにハマっています。友人が先にハマっていて、私に教えてくれたものです。
それは、携帯小説です。自分の携帯電話から気軽に読んだり、投稿したりできるので、とても話題なのは知っていましたが、私は実際には見た事がありませんでした。
教えてもらってから見てみると、沢山の作品が並んでいます。試しに読んでみると、プロではない人たちの書く言葉ですが、とても感動したりしました。
なんだか、どこからがアマチュアでどこからがプロなのか、その境界線がよくわからなくなってしまいますね。
技術的には一定のラインを超えていれば、そこからはプロに分類されるのでしょうか。それとも、プロとしての自覚を持って文章を書いたら、でしょうか。お金を実際にどこからか頂いたらプロなのでしょうか。
携帯小説には、本を出版していないアマチュアの人達が沢山見えますが、本屋に並んでいる本と、なんの違いもありません。携帯小説がきっかけでデビューする程の話題作を書き上げる方もみえます。
インターネットが普及し、携帯電話も普及して、機能もどんどん拡張され、携帯電話一つで色んな事ができる時代ですが、なかなか見つけてもらえず埋もれてしまっているような才能を持った人達の実力を発揮する場所でもあるんですね。

縁の下を支える皆さんへ

先日、古本屋に行ったときのことです。その日はある文庫本を探しており、幸運なことに見つけることができたのですが、中を開いてみて、文字のサイズに驚きました。自宅にある同出版社のものよりも、小さいのです。読むのに疲れてしまうくらいのレベルです。そして発行年数を見てみれば、もうだいぶ古い本。有名な本ですから、今ならもっと版数が新しいことでしょう。そこで私は、そういえばこの出版社の文庫本は、何年か前に書式を変えたんだった、と思いだしました。それまでより文字が大きく、見やすくなったのです。本を読むときに、余白や行間の広さ、文字の大きさなどは大切だと思います。どんなに内容が素晴らしくても、目が疲れてしまうような本ならば、何時間も読み続けることはできません。かといって、すべての空白を広くとりすぎて、ページ当たりの文字数が広いものも、それはそれで読みづらかったりもします。本といえば内容、内容といえば作家さんのことばかり考えてしまいますが、デザインする側、印刷する側の大変さも、知った気がします。でもその方たちがいなければ、私たちは本を読むことができません。縁の下の力持ちともいえる皆さんがいるからこそ、本は完成する。そのことに気付かされた出来事でした。

学園小説が人気のワケ

学園小説っていいですよね。学生時代って貴重な時間なのにすぐ無くなってしまうということもあり、最近は学園小説で青春を謳歌している人も多いようです。私も青春ものや学園ものが好きで良く読んでいます。
光が差し込む教室や黒板、太陽が照りつけるグラウンドや部活での汗など、なんだか懐かしくなっちゃうんですよね。
学生でも社会人でも学園系は人気のジャンルだそうで、今までの青春を取り戻したいということで読んでいる方も多いみたいです。現役学生の場合は「まだ青春を楽しもう」と思えますし、社会人の方などは「あのころの青春は良かったなぁ」と感じるようにできています。
学園小説の他にもたくさん好きなジャンルがあるのですが、やはり身近な小説という感じがして、SF小説などよりもとっつきやすいという感じがあります。それぞれに良さはあるんですが、あまり普段読書をしない人に本を勧める時には学園ものをおすすめするようにしています。

映画を見ながら小説が楽しい

「ながら読書」を最近楽しんでいます。何かをしながら小説を楽しむただそれだけなんですが、最近は動画や映画などを見ながら読むんです。私はどちらかというと集中力が続かない方なので、適度に映画や動画を見て、適度に文章を読んでいくのが好きです。逆にどっちにも集中できないんじゃ?と思われそうなんですが、そんなこともないんです。それぞれの物語が進行しているのを頭で追うのも好きで、実は小説だけで読むよりも映画と一緒に小説を「ながら読み」することでかなり集中できます。
たまにどっちがどっちかわからなくなこともあるんですが、それによって普段の何倍もの物語を楽しんでいるような気分になれるのです。中には一つ一つのことしかできないという方もいると思いますが、以外とやってみるとできるものですよ。
特に疲れているときはお気に入りの映画のセリフや音楽だけを聞きながら読書したりもします。こういった組み合わせによってさらに楽しみが増えていくのでより楽しめることができているなと実感しています。これからもより作品を楽しむために、ホラー小説ならホラー映画を見ながら読むことなどをしていこうかなと思っています。世界がより何重にもなって幻想的な空間になるのが小説と映画の楽しみ方だと思います。

小説が夢を変化させる楽しみ

眠っているときに見る夢は色んな世界が広がっています。私がこの前見た夢は、夜寝る前に読んでいた小説の内容で、その小説の中に登場する人物として登場していました。夢って本当に不思議なもので、どのような世界も自分の頭で想像できるから面白いです。
しかしこの前はホラー小説を読んでいて、夜中に眠ったということもあり、少し怖い夢を見ました。その怖い夢の中にいるということもあり、朝起きたときには汗をかいていて、「小説って本当に影響力があるなぁ」と感じたものです。
そういった意味でも小説は素晴らしいもので、自分の頭の中を変えてくれるので、いつも読んでいて楽しいです。それが怖い内容のものでも、人が作った世界の中に入っていけるのってとてもすごいと思うのです。女性でホラー小説を読んでいる方も珍しいかもしれませんが、あの独特の雰囲気がとても好きでいつも怖い気持ちになるのですが、それが程よい快感になってくるので、みなさんにもホラー小説はオススメです。
また、ホラー小説は読んでいる間ずっとドキドキした感覚を保ち続けることが出来るので、その分疲れることもあります。しかし、それが程よい気持ち良さで、まるで運動したようなくらいに汗をかいていることもあります。それほどに気持ちを高揚させてくれる小説は素晴らしいといつも感じています。

一つの世界を二つの視点から楽しめる趣味

映画でも、小説でも、誰かが創造したものに触れるのがとても好きです。もともとは映画好きだったんですが、あるとき原作がベストセラーになった小説という触れ込みの映画を見て感動して、もっとその世界を理解したいと思って読んだのがきっかけで小説も大好きになりました。最近は小説を原作にした作品の映画化が多いので、映画好きで活字初心者の私としては入り口が多くてとても助かっているんです。
面白いと思うのは、どちらも同じ世界や同じ状況を描いているのに表現方法が違うという事。視覚的な表現だけでなく音楽や効果音などでも表現できる映画に対し、小説は文字だけですから表現方法が違うのは当たり前なんですけどね。映像だとほんの数秒で過ぎてしまうようなシーンでも文章にすると1ページ以上も使って情景や登場人物の動き、表情、感情などを表現していることが多いです。どちらが秀でている劣っているというのではなく、どちらもその世界を表現するのに必要な要素になっているところがまた素敵だと思うんです。
最近は小説を先に読んでいて、あとから映画化したなんていうケースも出てきてまた楽しみが増えています。文字からイメージしていた私の妄想の中のその作品の世界と、監督さんや俳優さんが作り出す映像での表現の違いを見るのが楽しいんです。「ああ、ここはこういうとらえ方もあるのか!」なんて発見もあるんですよね。
最近お気に入りの作家さんの作品が映画化するという噂があるので、こっそり楽しみにしています。どの作品が映画化するのか、今から楽しみです!

ナースキャップがなくなって

最近医療系の小説を読んでいて、ふと昔看護師さんにあこがれていたころの事を思い出しました。
看護師さんというと、ナースキャップ、というイメージがありましたが、ナースキャップをしている病院はほとんどないと言ってもいいですね。ナースキャップがないと髪の毛が落ちたりして不潔なのでは?と思うかもしれませんが、実はナースキャップをかぶっている方が不衛生な場合が多いそうです。それにキャップをかぶっていることで、点滴の線にさわったり、看護をする上で何かと邪魔になるそうです。そのせいで危険なことがあっては大変ですね。
ただ、ナースキャップは看護師さんのシンボルのようなものだったので、最初はちょっと違和感がありましたよね。戴帽式というものを一度見たことがあります。看護学校を卒業する時に行われる式で、一人ひとりキャップをいただいていくもの。とてもおごそかな雰囲気で、これから人の命を預かる大切な仕事に携わるのだ、という意識を認識するものでもあるようです。ナースキャップがなくなると、それもなくなってしまうのでしょうね。
ナースキャップの存在がなくなるのは、ちょっと寂しい気がしますが、何よりも患者さんの安全が第一ですからね。ナースキャップがなくなっただけでも、何だか動きやすそうです。看護師さんは、いつも元気で笑顔でいてほしいですよね。