何かの賞の受賞作や候補作にも注目

ぼんやりと「何か面白い本が無いかなあ」と思う時が時々あります。チェックしている作家さんの新作はしばらく出そうにないし…なんてときは特に。そういう時は、出版社とかが主催している賞の受賞作品をチェックするようにしています。有名なところだと、芥川賞とか直木賞とかですけど、探してみるといろんな賞があるんですよね。各出版社の新人賞なんかもよく聞きますよね。ミステリーなら、このミステリーがすごい!とかも要チェックですし、より買う人の感性に近いなと思うのは本屋大賞ですね。
そういう賞を受けた作品っていうのは、やっぱり保障された作品だと思うんですよね!あとは、公募じゃなくて選考委員会が作品をピックアップして、そこから受賞作を選ぶような場合にはノミネート作品をチェックしてみても楽しいです。まだ受賞作品が発表されていないけど、ノミネート作品だけは発表されている、なんていう場合もあるので、その時は選考委員に入ったつもりで全部の作品を読んで予想を立てたりもしています。
毎日たくさんの作品が世に生まれているので、そのたくさんの中から自分に合う一冊を探すって楽しいですけど大変な事ですよね。そんなに全部の本を買ったり読んだりってできないし。ある程度絞ってほしいなって思う時には、こういう受賞作品とかノミネート作品をチェックするようにしてます。

あとがきを読んでから小説本編を読む方法

小説であれ、エッセイであれ、本の最後にあとがきが書かれていることが多々あります。作者本人がその作品に対する愛情や苦労を語っている場合もあれば、最近の近況などを連ねていることもありますし、作者と友人の別の作家さんや有名人が感想を寄せている場合もあります。じんわりするものから、作者さんのすごさを改めて痛感するもの、くすっと笑ってしまうものまでいろんなパターンがありますが、このあとがき、いつ読みますか?
「あとがき」と言うくらいですから、基本的には後から読むという人がほとんどだと思います。私も普段はそうしているんですが、人によっては先に読むという人も居ます。先に読まれることを念頭に置いてあとがきを書いている人も居るくらいですから、意外とそういう人は多いんじゃないでしょうか。
作品を楽しむためのヒントや、このキャラクターが好きだったという話、作成秘話から泣く泣くカットしたエピソードまで、そこにはならではのエピソードがたくさん盛り込まれています。たまにはあとがきを先に読んで、本編を読みながら「ああ、ここが書いてあった部分かな」なんて思いながら読んでみるのも良いと思います。
中には自分の事を「あとがき作家」なんて自称するくらいあとがきに力を入れている方も居るので、読み飛ばしているという人はぜひゆっくり読んでみてほしいです。

読んだ記憶の無い本

本棚を整理していたら、持っているのは覚えていたけど読んだ記憶の無い本が何冊か出てきました。これはひょっとして積読だった本なのかな?うっかり掃除のときに本棚にしまいこんでしまったのかもしれません。
そのまま積読にするのはもったいないので早速開いて読み始めてみると、やっぱり読んだ記憶がない・・・。うーん、しまいこむクセも何とかしないとなあなんてよそ事を考えながら読み薦めていくと、おや?うっすら読んだ記憶のある部分が・・・。どうやら、読んでいなかったのではなく、読んだ事をすっかり忘れていただけの様子。これはいただけません。
今までそれほど多くの作品を読んできているわけではないのに、こうやって読んだことすらすっぽり記憶から抜け落ちてしまう作品がごく稀にあります。面白くなかったわけでもないし、今読み返していても面白いんです。どうして忘れてしまうんでしょうね。
時々この自分の記憶力のなさがいやになるときもあります。読みたくて買ったのに!!楽しく読了したのに!!どうして忘れてしまうの!でも、そういう時は考え方を変えるようにして見ました。一冊で二度も初見のわくわくを味わうことが出来たと思うようにしているんです。そうすると、不思議と自分に対するイライラがなくなって、楽しく読めるので気に入っています。いっそ、定期的にすべての本の記憶がなくなってしまえば、また片っ端から読み返して何度も楽しめるのになあとすら思ってしまうのですが、それはそれでさみしいかな?まだ何冊か内容を覚えていない本があるので、楽しく読みたいと思います。

ホラー映画のネタばれ好きな私

私は怖い話は大好きですが、怖い映画はまったく観ることができません。ホラーだけでなく、暴力的だったり、残酷なシーンがある映画は、DVDのパッケージを見るのも嫌なぐらい受け付けません。もちろん、そういう類の漫画もだめです。夏になるとケーブルテレビでは真夏のホラー特集などの予告が始まります。たまたま予告を見てしまっただけで気分はブルーです。それが深夜だったとしたら、ちょっと泣きそうになります。
そんな私ですが、活字になると怖い話は大好きです。都市伝説やネットにあふれる怖い話をスマホで読むのは大好きです。最近話題になった怖いそうな映画は、ネットのネタばれを含んだサイトを検索して、複数読みます。友人達とその話題がでると、まるで映画を観てきたように話に加わることができます。怖そうな映画の原作本を読む事もあります。
しかし、やはり小説は表現が生々しかったり、読むだけで場面が目に浮かんできそうなほどリアルだったりするので、読むのにちょっと勇気がいります。一般の人が書いたネタばれが一番安心です。ストリー展開だけを知る事ができます。脳の怖さを感じて活発に活動する場所は、快感を感じる場所の近くにあるそうで、人はその為に怖い話を求めるのだそうです。

気持ちを左右するメイクののり

朝のお化粧で、メイクののりが悪いとなんだか一日始まる前からちょっと落ち込んだ気分になります。寝不足や前日の食事の関係などでむくんだり、くまができていたりしみをみつけたりするとがくっときてしまいます。かといってお肌の事だけ考えて生活するわけにもいきません。出来る範囲内で出来る事、お肌にいい物を食べるとか、メイク落としは必ず使うとか、寝不足は避けるなどなど。朝起きて下地を乗せた時、すーっとなじむとなんだかそれだけでハッピーな気分になります。気分が上がれば口角もあがります。落ち込んだ人を見てるより、幸せそうな人を見てる方が回りもきっと気持ちいいはずです。ベースが上手くのらないと、いくらアイシャドーやチーク、リップで色をつけてもなんだか不満足、そしてなんだかすっきりしない。女性でいることで大変だと思う事の一つです。出かけようと思ってメイクはじめて、なんだか上手くいかなくて結局家で本を読んで過ごしたなんて事もあります。季節によって乾燥や湿気、気温による違いで、使うアイテムも代えないといけません。自分に合う化粧品を探すのも一苦労です。まぁそれが楽しみの一つでもあるんだけど、ほんとに見つからない時は落ち込んでしまいます。今はお肌に合ういいメイクグッズが揃っているので助かります。合う合わないは金額じゃないですからね。

欲望と正義の戦い

体に悪いとわかっててもつい食べたくなる物ってありますよね。前にどっかのテレビで言ってたのがポテトチップスはあまり良くないらしい。油を食べてるような物で、ジャガイモのでんぷん質が歯にこびりつき虫歯になりやすくなるんだとか。カップ麺もあまり良くないと聞きました。あとは炭酸飲料とか。でもでも、たのしいテレビ番組を見ているとポテチと炭酸が恋しくなるのは私だけでしょうか?深夜読書にどっぷりはまってお腹が空いて、作るのめんどくさいからカップ麺にてがでちゃうのも私だけでしょうか?簡単なだけじゃなくおいしいから手が出るんです。おいしくなかったら問題外です。チョコや生クリームも砂糖取りすぎ、脂肪分多すぎでにきびできたり体重増えたり、それでもおいしいからついつい手が伸びてしまうんです。これはある意味戦いですよ!体にいいとわかってても食べたくないものもあるし、良くないとわかっていながらも食べてしまう。これはある意味ジレンマです(笑)。でも、食べ過ぎなければいいかなと思って、考えもって食べるようになりました。結局食べ過ぎるから良くないんですよね。ポテチを一袋食べあげた後にチェックするカロリーは顔を真っ青にします。なので、健康にはあまり良くないけど食べたい物、健康にはいいけど食べたくない物(食べた方がいい物)のバランスを考えて食べてます。

懐かしい学生時代を振り返って

なんとなく、卒業アルバムを開いてみました。いつもは本棚の奥とか、引き出しの中の奥の方に隠れているような存在で、普段見ないし重くてけっこうかさばるんだけど、時々こうやって開いて見てみると、昔の楽しかった思い出や辛かった記憶、親友と喧嘩して泣いて眠れぬ夜を過ごした事、テスト前に徹夜したことや、クラスの皆と楽しい時間を過ごした事が思い出されます。遠い日の想い出のようで、とてもすぐ近くにある記憶な気もします。仲の良かったあの子は今どうしているんだろう、やんちゃだったあの子は何をしているんだろう、皆それぞれの道を歩んでいき引っ越したり結婚したり、転勤だったりで昔のようにはいきません。それでもなんだか記憶と想い出でつながれていて、連絡して無くても、皆幸せであって欲しいと思います。生きていれば楽しい事もあるしつらい事もあるだろうけど、今を振り返って、おじいさんおばあさんになった時に幸せな時間を過ごしてきたと思えていたらいいなと思います。同窓会って、あるようでなかなかないし、あっても会いたかった子がこれないとか自分の都合が合わないこともあります。それでもまた、懐かしい学生時代の友人達みんなと会えるといいなと思っています。

色々な本

先日、街のコーヒー屋さんで本を読んでいたところ、ふと顔を挙げると、周りが随分混んでいました。
私も本を読んでいたのですが、なんと周りの人も8割程の人が本を読んでいたので、とても驚きました。
こっそりと、あまり首を動かさないようにして、目だけを動かして周りを観察してみたのですが、みんな実に色々な本を読んでいます。
ビジネスマンは、「◯◯歳までにして置きたい事」という類いの本や、「商談を上手く行かせる法則」など、喋り方を磨くような本を読んでいる人が多かったように思います。
一方、明らかに事務員さん、というような女性は、やはり現代小説を読んでいる事が多かったです。よしもとばななさんの本や、山本文緒さんの本、中村由佳さんの本、江國香織さんの本など、「女性の恋愛小説といえばこの人!」という感じの作家さんの名前を多くみました。
一人だけ、小学生が「おしごとのいろいろ」と言う本を読んでいて、小学生でお休みの日に、こんなところで「しごと」について学んでいるなんてすごいな、と思いましたが、しみじみと「色々な本を読んでいるなぁ」なんて思いました。そうゆう私が読んでいた本は、やはり東野圭吾さんのミステリーだった訳ですが。
休日にゆっくり、自分の好きな世界に浸るって素敵ですね。

最近の友達と私の趣味

友人と私は、最近とあるものにハマっています。友人が先にハマっていて、私に教えてくれたものです。
それは、携帯小説です。自分の携帯電話から気軽に読んだり、投稿したりできるので、とても話題なのは知っていましたが、私は実際には見た事がありませんでした。
教えてもらってから見てみると、沢山の作品が並んでいます。試しに読んでみると、プロではない人たちの書く言葉ですが、とても感動したりしました。
なんだか、どこからがアマチュアでどこからがプロなのか、その境界線がよくわからなくなってしまいますね。
技術的には一定のラインを超えていれば、そこからはプロに分類されるのでしょうか。それとも、プロとしての自覚を持って文章を書いたら、でしょうか。お金を実際にどこからか頂いたらプロなのでしょうか。
携帯小説には、本を出版していないアマチュアの人達が沢山見えますが、本屋に並んでいる本と、なんの違いもありません。携帯小説がきっかけでデビューする程の話題作を書き上げる方もみえます。
インターネットが普及し、携帯電話も普及して、機能もどんどん拡張され、携帯電話一つで色んな事ができる時代ですが、なかなか見つけてもらえず埋もれてしまっているような才能を持った人達の実力を発揮する場所でもあるんですね。

縁の下を支える皆さんへ

先日、古本屋に行ったときのことです。その日はある文庫本を探しており、幸運なことに見つけることができたのですが、中を開いてみて、文字のサイズに驚きました。自宅にある同出版社のものよりも、小さいのです。読むのに疲れてしまうくらいのレベルです。そして発行年数を見てみれば、もうだいぶ古い本。有名な本ですから、今ならもっと版数が新しいことでしょう。そこで私は、そういえばこの出版社の文庫本は、何年か前に書式を変えたんだった、と思いだしました。それまでより文字が大きく、見やすくなったのです。本を読むときに、余白や行間の広さ、文字の大きさなどは大切だと思います。どんなに内容が素晴らしくても、目が疲れてしまうような本ならば、何時間も読み続けることはできません。かといって、すべての空白を広くとりすぎて、ページ当たりの文字数が広いものも、それはそれで読みづらかったりもします。本といえば内容、内容といえば作家さんのことばかり考えてしまいますが、デザインする側、印刷する側の大変さも、知った気がします。でもその方たちがいなければ、私たちは本を読むことができません。縁の下の力持ちともいえる皆さんがいるからこそ、本は完成する。そのことに気付かされた出来事でした。